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2007-01-05あけましておめでとうございます

[]ライフログの可能性 02:23 ライフログの可能性 - 関係性のデザイン:rokaz を含むブックマーク はてなブックマーク - ライフログの可能性 - 関係性のデザイン:rokaz ライフログの可能性 - 関係性のデザイン:rokaz のブックマークコメント

新年がはじまり、日付だけ印刷された書籍に、朝昼晩に食べたものと使ったお金、そして出会った人などを記録しておく「わたしのきろく」をはじめてみました。

アナログライフログというわけです。


http://www.weblio.jp/content/ライフログ


ライフログ【英】Lifelog

ライフログとは、人間の行い(life)をデジタルデータとして記録(log)に残すことである。

ライフログは、ユーザーの視点で言えば、個人ホームページブログウェブログ)へと遷移してきた、個人の活動記録を記録する営みに通じるものであるといえる。ライフログを研究している代表的なプロジェクトとしては、Microsoftが推進している「MyLifeBits Project」がある。これは、パソコンを使用する際に行われる全ての操作・動作を、後から追跡することを可能にし、これを追跡することによって過去の分析や追体験を可能にしようとするものである。また、米国国防総省研究機関であるDARPA(Defense Advanced Research Projects Agency)も、2004年からライフログの研究を開始している。



私がはてなブログを書き始めて(id:rokaz)から、1094日になるそうです。

考えた事や読んだ本、どうでもいいネタからニュースに対する感想などなど、ほぼ毎日何かを書き記す様にしています。

それ以前には、FirstClassというクライアントソフトでpublic domainというコミュニティに参加して、ぽつぽつと日記的な文章やぼやき、詩などを書いていました。


自らの生活を記録しておく事に対して、積極的な人とそうでない人がいます。

私はどうやら前者のようです。毎日誰に言われるでもなく編集画面を開きます。

先日、私のブログを見た知人が「よくやるね、私には無理」と言いました。

この人が「私はブログを書けない」と思うのは、性格と適性の問題だと思うのですが、もう少し戦略的にブログを使っている人もいるので、「向き不向き」と一概にいえない部分もあるでしょう。しかし、きっとそれは、情報に対する自らの態度表明であると思います。


人は忘れる生き物だ、などと言われますが、確かに私たちは日々大量の情報を摂取し、そして組み合わせ、新しい知識にしたり刷新したり捨てたりします。

しかし、大量の情報を外部メディアで記録できる様になった今、それを忘れていくのではなく、全てを保存していくという事が出来るかもしれない、という可能性がある今、それをするかしないかを選ぶというのは、これまでになかった新しい問題です。


  忘れるからこそ生きていける、というひと

  忘れはするが、参照できるのなら残しておきたいというひと

 

この二者の差は、記憶に対する態度の差だと思います。どちらが良いとか悪いということはありません。

ただし、今後ライフログが広まるとすれば、ハードもしくは環境進歩から浸透していくものだと思います。それは有無を言わさず私たちの身の周りに偏在し、環境そのものがログをとりはじめ、もしかしたら「記録しない」「記録されない」という選択肢がない時代が来るかもしれないですね。

その場合、忘れるからこそ生きていける、という考え方は、どうなっていくのでしょうか。


ライフログの可能性は楽しみでもあり、恐ろしくもあります。

私は、積極的に踏み込んでみたいと思っています。



余談:個人的な覚え書きメモ

全てを記述して忘れる:外部に記憶を置く

いつでも参照可能→ほぼしない内容もある

タグの共有とは構造の共有 差異の記録 並列化




[]私のログ方法:情報の圧縮には詩を書く 02:23 私のログ方法:情報の圧縮には詩を書く - 関係性のデザイン:rokaz を含むブックマーク はてなブックマーク - 私のログ方法:情報の圧縮には詩を書く - 関係性のデザイン:rokaz 私のログ方法:情報の圧縮には詩を書く - 関係性のデザイン:rokaz のブックマークコメント

私の場合、その日に出会った出来事の、全体的な雰囲気や出来事、そしてその時の自分の心の動きを覚えておきたいと思った場合は、詩を書くようにしています。

詩の中に膨大な量の情報を持つ記憶を圧縮して、解凍するためのスイッチをいくつかの言葉に仕込んでおくのです。

すると、いつでもその詩を読むだけでそのシーンを思い出せます。

五〜六年前の夕焼けの日の情景や話した事、その時の気持ちや風の音。結構詳細な質感まで思い出せます。

 

しかし、その詩の出来が悪いと、読んでもシーンが浮かび上がってこず、失敗します。

詩は高校時代から書いているので、どうすると失敗するかはなんとなく見えてきているのですが、スイッチはひとりひとり違うのであまり汎用性は無いとは思いますが、今度まとめてみようと思います。



ゲスト



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